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2009.06.25

止まった心臓から思うこと

今日も朝から手術を見学してました。



どんな手術なのかというと弓部大動脈瘤の弓部大動脈置換術という手術です。

動脈瘤が破れてしまうと、ドラマで定番の大動脈瘤破裂とかになって非常に危険な状態になってしまいます。なので、多くの場合ある一定以上の大きさになった動脈瘤は手術で取り除いてしまうわけです。



そんなわけで大動脈置換術というのは、ものすごく簡単に言うと動脈瘤のできた部分を人工血管で置き換える手術です。



そう言ってしまうと身も蓋もないけど、その弓部大動脈と言うのは、頭への向かう血管が分かれている大切な部分なので、そのまま簡単に置き換えることはできません。人工血管に置き換えている間は脳へ体外循環を通して血流を送らないといけなかったり、もちろん心臓も止めなければいけません。そのための準備(人工心肺のための血流ラインを確保する)のが結構時間がかかるのです。

だから手術としては大手術な部類にはいるんじゃないかと思います。今日は手術時間は約7時間でした。
だいたい人工血管への置換が終わり、閉胸(手術で開いた胸を閉めること)の最中に僕らは解放されたわけで、結局最後までは見ていませんが、まぁそれでも朝から飲まず食わずの立ちっぱなしで、昼ご飯にありつけたのは16時半ごろでした。




心臓を停止させて、代わりに人工心肺を作動させているのをもうすでに何回か見ているのですが、その都度感覚的にとても不思議な気分になります。患者さんの心臓はすでに停止していて、対外循環装置によって生かされているわけです。そういう状況で先生たちは動かない心臓相手にせっせと手術しています。

すごいなぁと思う反面、不自然な光景だと僕は思います。



当然ですが、心臓血管外科は心臓やその周辺の血管の手術を専門にしているわけですから、人工心肺装置がないと何もできないのは常識として理解しているのですが、やはり光景的にはなんだか変な印象は拭いきれません。。

心臓の処置が終わり、再度人工心肺から心臓に血液を送り始めるとまた心臓は鼓動を再び始めるのです。この瞬間は何度見てもスゴイなぁと思います。



今日は大動脈の手術だったので、動脈から血液が湯水のごとくあふれ出る光景を何度も目にしました。動脈が敗れると、血液が噴水のように飛び出すというのは本当なんですよ。

・・・“百聞は一見に如かず”です。




その中で、平然として顔色変えずあたかも当たり前のように見学している自分も少し異常なのかもしれません。まぁそこで顔色変えて卒倒されても・・・・とは思いますが。



しかし世間一般の目から見ると、やはり医者と言うのは特殊な職業ということを実感しますね。



そんなことを考えると、現在の自分の置かれている環境と立場に対してもなんとなく不思議な感覚に捉われてしまいます。

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