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2009.02.23

「さらば革命的世代」

こんな連載記事がウェブ版の産経ニュースで見つけてずっと読んでいました。



その名もさらば革命的世代



団塊の世代は60から70年代に大学生は、その世代は全共闘世代とも言われ、大学当局や国に対して、「革命」を叫んだ世代とも言われる。その時代の大きな社会現象になったりした。
今は、大学というとみんな行くのが当たり前で、社会の中にぶらさがっている依存的な村債でしかないけれど、当時の大学生は、エリートとみなされ、だからこそ自分たちが国を動かそうという意識が少なくとも今よりはあった。当時の社会の矛盾を若者なりの純粋さで解決しようとし、行動を起こした結果であったと僕なりに理解しているんだけど、この記事を読むとまた違った視点で書かれていて面白かった。

当時の学生運動は、一種のファッションであり、流行でもあった。それに加わっていることで女の子からモテたかったという本音がある。

また当時の学生運動を今も引きずっている人や、その当時と完璧に決別し社会で成功している人など、その後の人生も多種多様だ。

しかし、今の大学生と比べて、社会に対しての矛盾に対しての嫌悪感みたいなものは確実に持っていた人は多かったことだろう。それは彼らなりに「こうしたい」とか言う理想を描くことができた時代だった。そして、彼らなりのそれぞれの理想を抱えて社会に飛び込んでいき、日本の社会を支えてきたのだと思う。

あの当時の社会状況を良いとか悪いとか善悪論で語れはしないが、大学生という身分が大きな社会に対する原動力であったのは間違いない。



裕福さを求める前に彼らには理想があり、信念があった。

一部の人は高い能力を持ちながらその信念に人生をかけ、ある人は社会的な地位のためにその信念を捨てた。

そこに正しいとか間違っているとかはないけど、人生の中に様々な葛藤に苦しんだ足跡があることをその記事から感じることができた。そのきっかけを作ったのはほんの数年の時間にしか過ぎないのに、その後の数十年をその数年の時間の精算に費やし、未だに精算できない人もいる。

人生とはそういうものかもしれない。
自分の体験した過去にこだわることもあながち無駄ではない。

記事なので多少は装飾されている部分もあるかもしれないけど、僕にとっては彼らが真の意味で「生きているなぁ」と少々羨ましかった。



若いうちに、抗えないこと、無駄なことに対してどれだけ考え、議論するか。そしてあわよくば行動を起こすか。

それがその後の自分の人生の価値を決めるのではないかと思ったりした。

老年期を前に自分の人生に対して納得できているか、納得できていないかという問いかけが彼ら全共闘時代の決まり切った質問事項だが、そんな過去があったからこそ、そういう問いかけができるわけで、それは同時に“納得”という言葉の意味の理解を促す問いかけにもなる。



言葉の意味を理解するという点からも、彼らはしっかりと“生きている”。



僕たちは、彼らに比べれば社会に“生かされている”に過ぎない存在なのだと感じてしまう。

社会に生かされている存在では、その社会が腐ってしまったら、ただその後を追うしかない一種の寄生虫みたいなもんだ。

そういう人生だけは送りたくないものだなぁと思う。




そんなことを思わせてくれた記事でした。

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