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2008.11.08

ガンに打ち勝つとは

先日、某NEWS23のニュースキャスター筑紫哲也氏の訃報があって、死因は肺がんとのこと。



そういえば先月にも、とある俳優も同じく肺がんで亡くなった。60歳後半だったので少し早すぎる死とも言えると思う。

肺がんでもその内訳はいろいろあるので、なんとも言えないけど、筑紫さんの方は去年の5月に初期の肺がんが見つかったということで番組を降板して治療に専念したみたい。

けど1年半で、このような結果になってしまったので、正直、「早いなぁ」と思ってしまった。

それが訃報を聞いた時の第一の感想。



その次の感想としては彼は数少ない同郷人なので、そのことをふと思い出した。

高校生の頃は、地元のTVチャンネルが少ないこともあって、報道番組は「NEWS23」のみしかなく、さらに当時は第2部の拡大版まであり、深夜0時30分まで“哲也イズム”に染まっていました。
多事総論はそれなりに刺激的だったのを何気に思いだします。





ところで、その1年半前にNEWS23でガン治療に専念するということを表明した時に、偶然TVで見ていたのだけれど、「ガンに打ち勝つ」と宣言していました。

多くの人が「ガンと闘ってくる」という良く似た表現を使うのだけれども、その結果が死ならば、それは敗北ではないのかとつい感じてしまうのです。

日本人の体質なのかもしれないが、すぐに異物や外敵に対して、闘うとか勝つという表現をしまいがちではないのかとも思ってしまう。

しかし、当の本人にしてみれば、そのくらいの攻める気持ちがないと病気に立ち向かっていけないのかもしれないその心情は理解できるわけで・・・・・。

ただ結果からみてみると、悲しい結果になるのは事実で、その現実を考えたときに、「打ち勝つ」とか「闘う」と言った表現は少し複雑なものを感じる。



それは、公共人であればあるほど、その影響も多いんじゃないかなぁと・・・・。

ただ、公共人がガン宣言をすることで、同じ病気にかかっている人が大いに励まされることは間違いないわけで。。。。その点で大いに利点はある。




実際は現に書いている僕自身もいろいろと考えて空想はみるのですが、、どれがいい答えなのかはわからないということが言いたいのです。



現に「ガンと闘う」と宣言して亡くなった人も知っているし、その本人が、その宣言したことをどう感じていたかなんて、結果からしてみればどうでもいいことなのかもしれませんね。





先週だったか、SGLが終わった後、友人から「余命があと半年だったらどう過ごす?」と聞かれたことがあったけど、答えとしては、「自分が生きた証が欲しい」と感じることもあるし、「普段と変わることなく暮らして死を迎える」とか考えたりしたんですが、空想で考えることと、、現実には大きな隔たりがあるんじゃないかと思いました。



自分がどのように感じ、どのように行動するかは今の時点では確信が持てないのが本音みたいです。



しかしこのような機会にいろいろと空想するのも将来にとっては無駄ではないとも思います。

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「つぶやき」カテゴリの記事

コメント

確かに。
「打ち勝つ」「闘う」という表現は、ガンに対して患者さんがみせる姿勢として、よく使われるよね。

私は、自分が鬱病になった時に、「早く、完治したい。」と思っててん。
だけど、がんばろうとすればするほど空回りしてしまったわ。
その時に、担当の先生から言われた言葉が、
「焦らず、あきらめず」だった。

その言葉が気に入って、無理に治そうとせずに、
病気を認めて、その病気と一緒に付き合って生きて行こう。
と決めたら、とても楽になったよ。

ガンと比べるのは、少し違うのかもしれないけど、
病気というのは、「認めて、気長に付き合う」のが、
私らしいかなと、思うようになりました。


しかし、「余命半年」と言われたら、
私だったら、余命半年の自分と付き合いながら、
無理せず、普通の毎日を送ると思うわ。

あ、遺書は、書くかも♪


生死に関わることって、あまり真剣に考える機会が無いよね。
考えさせてくれて、サンキュー♪

投稿: いくどん | 2008.11.08 23時17分

なるほど、マイペースって感じだね。

あせってばかりだと、自分の気持ちと実際の体の状態がかけ離れてしまい、逆に病気に対しては逆効果になることがありよね。

慢性的ですぐにはなかなか治らないような病気には、長期戦のつもりで、じっくりと向き合っていくという姿勢は大切なのかもしれないよね。

病気との距離や付き合い方にもいろいろとあることを知っておくのは大切なことだなぁと思います。


ところで今日、精神科の講義で、癌に対しては、ファイティング・スピリット(闘う心意気)をある人の方が、ガンをまじめに受け入れたり、絶望したりする人よりも平均余命が長いという話があって、「なるほどな。」と思いました。

なんだかそういう気持ちに駆り立てられる患者の気持ちが少し理解できるような気がします。

投稿: さえもん | 2008.11.10 21時35分

そうなんだ!

「癌」の場合は、ファイティング・スピリットを持つ方が、
平均寿命が長いというデータがあるのね。
病気に対する姿勢による余命の差は、病気の種類によっても、色々と違いがあるんやねぇ。

癌だったどうか忘れたけど、昔読んだ本の中で、
「人は、告知されると、怒る→絶望する→受け入れるという流れをとることが多い」と聞いたような気がします。

あきらめずに、闘う気持ちを持つというのは、
大変なことだろうなぁ。

投稿: いくどん | 2008.11.16 01時27分

それはキューブラ・ロスの「死への受容」というやつでしょ。

「否認と孤立」→「怒り」→「取引き」→「抑うつ」→「受容」

ってやつですな。

実際はそういう風に段階を踏むことは少ないらしいけどね。

正直そういうことは実際に自分がその場面に直面してみないと誰にもわからないと思います。

投稿: さえもん | 2008.11.17 01時34分

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